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仙台地方裁判所 平成元年(ワ)395号 判決 1993年5月25日

原告

株式会社ホープ土地開発

右代表者代表取締役

斉藤昭導

右訴訟代理人弁護士

渡部修

被告

仙台市

右代表者市長

石井亨

右訴訟代理人弁護士

高橋勝夫

薬師寺典夫

主文

一  被告は、原告に対し、金九四〇〇万円及びこれに対する平成三年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、仙台市青葉区郷六字葛岡下四九番山林六万六七九一平方メートル及び同所五〇番山林三四七平方メートルの土地(以下「原告所有地」という。)を所有し、被告は、同字葛岡四二番一墓地四二万五六三八平方メートル及び同所四八番墓地四五万七七四八平方メートルの土地(以下「被告所有地」という。)を所有している。

2  本件各土地の位置関係

原告所有地の北側には東日本旅客鉄道株式会社所有の仙台市青葉区郷六字葛岡五四番鉄道用地三三二四平方メートル及び同所五五番鉄道用地七五五八平方メートルの土地(以下「JR所有地」という。)があり、その更に北側に被告所有地が位置している。

被告所有地は、南側が低くなる南面の斜面であり、JR所有地を挟んで、原告所有地はその南側低地に南斜面となっている。

3  被告所有地から原告所有地への排水

被告は、被告所有地に葛岡墓園を設置しているが、右墓園内に排水設備を造り、同設備を利用して、JR所有地を経由して三か所から原告所有地内に排水している。

4  原告による本件排水工作物の設置

原告は、被告所有地から原告所有地に対する排水を公流まで通過させるため、原告所有地内に排水工作物(以下「本件排水工作物という。)を設置した。右工作物の設置費用は、一億一五〇〇万円であった。

5  被告による本件排水工作物の利用

被告は、被告所有地の排水のため原告の設置した本件排水工作物を利用している。

6  被告の工事費分担義務(並列的主張)

① 民法二二〇条に基づく請求

イ 被告所有地は原告所有地より高地にあるので、民法二二〇条の規定する低地通水権(余水排水権)に基づけば、被告は、原告の承諾なしに原告所有地を通過して原告所有地の南側に位置する公流に至るまで排水設備を設置し、排水することができる。ただし、その場合、被告は、原告所有地のために損害が最も少ない場所と方法を選ぶことが必要であり、かつ、通水のために暗渠を設置するなどの工事費を負担しなければならない。

ロ 原告と被告は、昭和六三年七月末ころから本件排水工作物設置費用の分担について交渉を重ねており、原告が被告に対し排水工作物設置工事の見積書(<書証番号略>)の写しを提出したところ、被告は、排水のため原告の設置する排水工作物を使用するが、そのための排水工作物の規模は見積書の規模よりも小さい規模でよい旨指示を行った。そこで、原告は、右指示に従い、再度、被告所有地及び原告所有地からの排水のための排水工作物設置工事の見積書(昭和六三年一二月八日付)を入手したところ、その金額は一億一五〇〇万円であった。原告所有地からの排水のためだけの工作物設置費用は二一〇〇万円であるので、その差額九四〇〇万円が被告所有地からの排水の通水のための工事費となる。

右のとおり、被告は、民法二二〇条に基づき原告所有地に暗渠設置を希望し、原告に対しその規模・構造を指示し、原告は、右指示に基づき本件排水工作物を設置したものであるから、被告は、その工事費九四〇〇万円を負担すべきである。

② 民法二二一条に基づく請求

民法二二一条に基づき、被告は、被告所有地の水を通過させるため、原告が設けた工作物を使用することができる。しかし、他人の工作物を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。そして、この分担の割合は、排水量や土地の面積等の諸事情に基づいて決すべきである。

原告は、以下の三つの基準で算出した金額のうち、最も被告に負担の少ない九四〇〇万円を被告の分担すべき工作物設置費用として請求するものである。

イ 流域面積

被告所有地のうち本件排水工作物に排水している流域面積は三三万四〇〇〇平方メートルであり、原告所有地の流域面積は六万七一三八平方メートルである。

本件排水工作物の設置費用を右流域面積に応じて按分すると、被告の分担すべき金額は、九五七五万二五六五円となる。

ロ 排水量

被告所有地から本件排水工作物に対する排水量は四六万一八四四立方メートルであり(<書証番号略>)、原告所有地の排水量は同様に計算すると九万二七八五立方メートルとなる。

本件排水工作物の設置費用を右排水量に応じて按分すると、被告の分担すべき金額は、九五七六万〇五〇〇円となる。

ハ 個別工事費

原告所有地からの排水のためだけの工作物設置費用は二一〇〇万円であり、原告所有地及び被告所有地からの排水のための工作物設置費用は一億一五〇〇万円である。

その差額を被告が分担すべきとすると、被告の分担すべき金額は九四〇〇万円となる。

7  結論

よって、原告は、被告に対し、民法二二〇条又は二二一条に基づき、本件排水工作物の設置工事費のうち九四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の後の日である平成三年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3及び5の事実は認める。

2  請求原因4の事実は不知。

3  請求原因6①のうち、被告が工事費を負担すべき義務を負うことは争い、被告が排水のため原告の設置する排水工作物を使用する旨の意思表示をしたことは否認し、昭和六三年一二月八日付見積書の内容は知らないが、その余の事実は認める。

4  請求原因6②のうち、被告が工事費を負担すべき義務を負うことは争い、その余の事実は不知。

三  抗弁

1  自然の立地条件に基づく排水通流権

被告所有地は、かつて原告所有地と一体となって、一つの山容の南側斜面を形成しており、被告所有地の雨水・湧水等の自然水は、三本の自然流水路を形成して原告所有地を流れて、南方低地で一本の自然流水路となり、公流河川に注いでいた。

被告は、右の自然の立地条件に基づき、被告所有地の所有者として原告所有地に対して排水通流権(高地に所在する被告所有地の雨水・湧水等の自然水や被告所有地に設置された墓園内の施設で使用した水等を低地に所在する原告所有地を無償で通流させることのできる権利)を有している。

2  慣習法としての排水通流権(予備的主張)

被告所有地の雨水、湧水等の自然水は、原告が原告所有地を取得する以前から、三本の自然流水路を形成して原告所有地を流れており、原告が原告所有地を取得するまで、原告所有地の所有者はその事実を承認していた。

そうであってみれば、被告は、慣習(法)として、被告所有地の所有者として原告所有地に対して排水通流権を有している。

3  排水の通流についての承諾の承継(予備的主張)

原告所有地の前所有者である国は、昭和三九年、昭和四四年三月二八日、昭和四五年三月二八日、昭和四六年三月三〇日及び昭和四八年一月三〇日にそれぞれ被告所有地の雨水・湧水等の自然水や被告所有地に設置された墓園内の施設で使用した水等を原告所有地に無償で流すことを承諾した。

原告は、昭和六一年三月二〇日、国が無償で被告所有地の自然水等の通流を承諾していることを知りながら、国から原告所有地を買い受けた。

したがって、原告は、原告所有地について無償で被告所有地の自然水等の通流させる義務を承継した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告が排水通流権を有していることは争い、その余の事実は不知。

2  抗弁2の事実のうち、排水通流権が慣習(法)として成立していることは否認し、その余は不知。

3  抗弁3の事実のうち、原告が昭和六一年三月二〇日国から原告所有地を買い受けたことは認め、国が無償で被告所有地の自然水等を通流させることを承諾していたこと及び国の右承諾の事実を原告が知っていたことは否認し、その余は不知。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)、2(本件各土地の位置関係)、3(被告所有地から原告所有地への排水)及び5(被告による本件排水工作物の利用)の事実は、当事者間に争いがない。証人斉藤昭導の証言及び<書証番号略>によれば、請求原因4(原告による本件排水工作物の設置)の事実を認めることができる。

二そこで、原告の設置した右排水工作物について、被告が設置費用の分担義務を負うか否かなどについて判断する。

1  まず、民法二二〇条に基づく請求の可否についてみるに、原告の主張は、これを要するに、被告は、原告に対し、民法二二〇条に基づき被告所有地の余水を排水するため原告所有地を通過させること及びそのための排水工作物を設置させることを求め、その規模・構造を指示し、原告は、その指示に従い、被告のため排水工作物を設置し、その工事費を立替払いしたというにある。

なるほど、当事者間に争いのない事実、<書証番号略>、証人斉藤昭導の証言を総合すれば、原告と被告は、昭和六三年七月末ころから本件排水工作物設置費用の分担について交渉を重ねており、原告が被告に対し排水工作物設置工事の見積書(工事費一億四六〇〇万円)の写しを提出したところ、被告が排水工作物の規模は見積書の規模よりも小さい規模でよい旨述べたため、原告は、再度、被告所有地及び原告所有地からの排水のための排水工作物設置工事の見積書(工事費一億一五〇〇万円)を入手したことが認められる。

しかしながら、右事実をもってしても、原告が原告所有地に排水工作物を設置するについて、被告に対しその工事費の分担を求めた交渉において、被告が工事の規模についてその意見を述べたものというにとどまり、被告においてその工事費用を負担することを前提として、被告が原告に対し排水工作物の設置を行うことを求めたものと推認することはできないし、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠もない。

したがって、被告が原告に対し本件排水工作物の設置を求め、原告が被告の負担すべき工事費用を立替払いしたことを前提とする原告の請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

2  次に、民法二二一条に基づく請求について判断する。

原告は、被告所有地から原告所有地へ流れ込む排水を公流まで通過させるため、原告所有地内に本件排水工作物を設置し、その設置費用は、一億一五〇〇万円であったこと、被告は、被告所有地の排水のため原告の設置した本件排水工作物を利用していることは、前に判示したとおりである。

高地の所有者は、その所有地の水を通過させるため、低地の所有者が設けた工作物を使用することができるが、高地の所有者は、その利益を受ける割合に応じて工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならないことは、民法二二一条の定めるところである。そして、右の分担の割合は、基本的には、両土地の排水量を基準とすべきであり、これが不明の場合には、両土地の流域面積又は面積、その他排水量を推計させる諸事情に基づいて決定するのが相当である。

①  <書証番号略>及び証人下屋圭司の証言によれば、被告所有地から本件排水工作物へ流れる排水量は、年間四六万一八四四立方メートルと推認され、原告所有地から本件排水工作物へ流れる排水量は、右と同一の基準数値を用い、同様に計算すると、年間九万二七八五立方メートルと推認される(六万七一三八平方メートル×一三八二ミリメートル)。そして、本件排水工作物の設置費用一億一五〇〇万円を、右排水に応じて按分すると、被告の分担すべき金額は、九五七六万〇五〇〇円となる。

②  なお、参考として、両土地の流域面積比に基づいて被告の分担する金額を試算すると、<書証番号略>、及び証人下屋圭司の証言によれば、被告所有地のうち本件排水工作物に排水している流域面積は、三三万四〇〇〇平方メートルであることが認められ、<書証番号略>によれば、原告所有地の流域面積は、最大限、その面積と同じ六万七一三八平方メートルであることが認められるから、本件排水工作物の設置費用一億一五〇〇万円を右流域面積に応じて按分すると、被告の分担すべき金額は、九五七五万二五六五円となる。

③  同じく参考として、個別工事費比に基づいて被告の分担する金額を試算すると、<書証番号略>、証人斉藤昭導の証言によれば、原告所有地からの排水のためだけの排水工作物設置費用は二一〇〇万円であり、原告所有地及び被告所有地からの排水のための排水工作物設置費用は一億一五〇〇万円であると認められるから、その差額である九四〇〇万円が被告所有地からの排水のための排水工作物設置費用と推認することができる(右工事費に過剰な部分が含まれているとか、本件工作物設置工事は原告所有地にマンションを建設するため特に強固にされたものであり被告所有地からの排水に相当する排水工作物設置費用分が九四〇〇万円を下回るなど右推認を覆す事実は認めることができない。)。

そうすると、右①の判示から明らかなように、民法二二一条に基づき、被告がその所有地の排水のために本件排水工作物を利用していることから、その利益を受ける割合に応じて、本件排水工作物の設置費用として分担すべき金額は、原告の請求する九四〇〇万円を下回るものではないことが認定され、右認定は右②③の事情によっても肯認されるところである。

三1  被告は、自然の立地条件に基づき所有権の内容として被告の主張する排水通流権があると主張するが、所有権の内容としての水に関する相隣関係については民法二一四条ないし二二二条が定めるところであり、排水に関する相隣関係については、これらの規定と異なる合意や慣習が存在する等特段の事情のない限り、これらの規定に照らして判断すべきものであって、本件においてはかかる事情は認められず、被告の主張は採用の限りでない。

仮に、被告の主張が民法二一四条に基づく排水権を主張するものであるとしても、同条は自然に高地から低地に流れる自然的排水について定めるものであるのに対し、<書証番号略>、証人吉田廉及び同下屋圭司の各証言によれば、被告所有地から原告所有地への排水は被告所有地の雨水及び墓園の施設排水を人工的に集水したものであることが認められるから、民法二一四条の適用の前提を欠くものといわざるを得ない。

2  被告は、被告の主張する排水通流権が慣習ないし慣習法として成立していた旨主張するが、本件全証拠によっても、かかる慣習が成立していたと認めることはできないし、被告主張のような慣習法は存在しない。

3  被告は、被告と原告所有地の前所有者である国との間において被告所有地の排水を原告所有地に無償で流すことについての合意が成立しており、原告はその義務を承継する旨主張するが、被告と国との間において被告主張の合意が存在したこと及び原告が右合意を知りながら原告所有地を取得したことを認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張も採用することができない。

四よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官六車明 裁判官鹿子木康)

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